鳥居の前でお辞儀をするのが当たり前!?
三島大社はあの将軍のゆかりの地だった!

  • posted.2017/04/16
  • 山口拓巳
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鳥居の前でお辞儀をするのが当たり前!? 三島大社はあの将軍のゆかりの地だった!

こんにちは、編集部の山口です。静岡県内にはさまざまな地域があって、そこにはたくさんの暮らしがありますよね。はい。あんまり当たり前のことを言ってしまいごめんなさい。

昨年の秋に三島へ行き、いくつかの取材をしたわけですが、道中の町並みや訪れるスポットはどこも趣があって、「よいところだなぁ」と一緒にいった吉松編集長と感心しきりでした。静岡といっても僕たちの暮らす静岡市と三島市では、その考え方や人となりもやっぱり違う。街の雰囲気もどことなく違うように感じました。

その模様はこれらの記事でお楽しみください。

で、そんな三島のなかでも個人的にダントツで気になったのは、「三島大社に対する尊敬がすごい!」ということでした。

 老若男女がお辞儀をする三島大社の大鳥居

三島大社の入り口には大きな鳥居があるのですが、ここを通る老若男女の多くが入り口の前に立つと必ずお辞儀するんです。これは大社にお参りするわけではなく、素通りするときにもやっぱりしていました。

mishima_taisha_2ちょうど通りすがりの少年がお辞儀を・・・!

 もちろん神社に対して敬う気持ちを持つこと自体は、そんなに不思議ではありません。お参りするのであれば、お賽銭箱に小銭を投げ入れ鈴をカランカランと鳴らすことは僕もします。でも、ただ前を通るだけでもお辞儀をするってすごく珍しくないですか・・・?

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ということで、歴史とか風俗文化が好きな山口は三島大社に対する信仰が気になってしまい、調べてみることにしました。

※「三島」大社と記載していますが、公式のサイトや文献では「三嶋」の字があてがわれており、現在の正式な漢字は「三嶋大社」とされています。しかし戦前には「三島」の字が使われることも多く、現在では地名も相まってどちらでも通用するようです。本記事では、読みやすさも考慮して「三島」の字を使用させていただきます。

 というかそもそも「大社」ってなんだ?

神社にはいろいろな名前がありますが、たまにみかけるのが「大社」や「神宮」といったただの神社じゃなさそうな雰囲気のぷんぷんする名前。実際にそうした名前がついている神社といえば、三島大社だけでなく「伊勢神宮」や「出雲大社」がありますね。

どれも日本でも屈指の観光スポットとなっていたり、国宝に認定されていたりすることもする有名どころ。この際なので調べてみました。

すると、明治神宮のWEBサイトにこの疑問に答えてくれるページがありました。それによると、大社と神宮など珍しい神社の呼び名には下記のような使い分けがあるようです。

大社

その地方(旧国)で一番大きな信仰を集めたり、中心的な役割を果たしたりしている神社。神社の格のなかでも非常に位が高く、重要な祭神が奉られるケースも多い。

もともとは、平安時代の『延喜式神明帳』という全国の神社をまとめたリストによって、「大社」の格が与えられている神社が各地にあったようです。一方で大社の名を冠しているところは、島根県にある出雲大社と熊野大社しかありませんでした。

しかし明治(戦後とも)以降には、この大社格が与えられている神社のうち、大社の名をつけるようになったところも多くあるようです。

例:春日大社(奈良県)、浅間大社(静岡県富士宮市の浅間神社の総社)、諏訪大社(長野県)など

神宮

天皇に関する神様や神器を祀る神社。日本書記や古事記の神話に出てくるような天皇をはじめ、歴史の教科書にも登場するような天皇が奉られている神社も神宮と呼称される。

こちらはわかりやすく「天皇が絡むと神宮」みたいな覚え方で大丈夫なようです。有名どころでは天照大御神が奉られる伊勢神宮(三重県)や、僕が以前にとりあげた「草薙剣」が奉られている熱田神宮が挙げられます。

・・・ということは、草薙神社にその後もずっと草薙剣が置かれていれば「草薙神宮」があった・・・かもしれませんね。

また神宮と大社をわかりやすく区別するには、神様の種類で考えるとよいかもしれません。神話上、もともと天上にいたとされる神様を祀る神社を「神宮」、それ以前から地域に土着した神様である国津神を祀る神社のなかで、とくに大きいものを「大社」と呼ぶといえなくもないからです(例外や諸説あります)。

ということで、三島大社はその地方(古くは伊豆国と呼ばれた地域)で、大きな信仰を集めていたことがわかりました。確かに1000年以上前からご先祖様に愛されてきた神社であれば、鳥居の前でお辞儀するのも納得ですね。

※草薙剣はヤマトタケルが東征の際に授けられ、その死後に景行天皇が静岡市清水区の草薙神社を創建した際に神体として奉納したという言い伝えが残っています(諸説あります)。

そもそも三島市の名前は「三島大社」から取られた?

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「三島市」や「三島大社」という名前ですが、そもそもどうして「3つの島」なんでしょうか? これは、三島大社が発刊した『三嶋大社 <略史> (改訂版)』 で言及されています。

同書によれば、この島というのは伊豆諸島ではないかとのこと。確かに海底火山が噴火を続けて島ができる、というのは古代の人にとっては立派な信仰対象でしょう。島を創る神様、あるいは航海の神様として古くからこの神社は、人々の信仰を集めていたことが記載されています。

そうしてこの地は次第に、「ミシマの神様を祀る神社のあるところ」というように認知されていきました。この「ミシマ神」というのが東海地方でも随一の神様としての格があったとされ、社は大きくそれに伴ってこの地の地名も「三島」となったのだろうと考えられています。

1100年代にはすでに信仰を集めているらしいというのがこの大社・・・。県内にはたくさんの神社がありますが、なかでも三島大社ってそんなにすごい場所だったんです。

三島大社は源頼朝にも縁があった!

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源頼朝といえばご存じ、鎌倉幕府の初代将軍であり、源平合戦における源家の総大将である歴史上のヒーローです。ですが、この頼朝公は歴史の教科書にもあるとおり、「平治の乱」で敗軍となった際に流刑に処せられ、伊豆に流されてしまいます。

その後、平家により各地に散らばった源家の追討が決定されるのに伴い、頼朝は挙兵をして源平合戦へと続いていくわけですが・・・。じつはこのときに三島大社にお参りして源氏再興を願い、その後には戦の前に先勝祈願にも訪れたといいます

源頼朝は必勝祈願が実ったか、天下を平定し征夷大将軍に任されることに。このことから篤く三島大社を信仰し、妻の北条政子が当時の技術を結集した美術品で現在は国宝の「梅蒔絵手箱 及び 内容品 一具」が奉納されるなど、度々社領や神宝を寄進しました。

これらもあって、三島は大変に賑わうようになったことから、源頼朝の同地における功績は数々あるといわれています。三島市の人にとっては非常になじみ深い人物なんだとか。

こうした歴史上の人物に寄進をうけてますます繁栄した三島大社。いまでも鳥居の前でお辞儀するのにはこうした由縁があったわけですね。初詣の際には、沼津や熱海といった静岡県東部の街から多くの人が訪れるらしく、その眺めは壮観だということです。

mishima_taisha_4確かに立派な場所。敷地は非常に広く、散策しがいがありそうです。

mishima_taisha_9初詣には多くの人出で賑わうそうです。

これだけの趣を感じる神社は静岡県内には珍しいかもしれません。東部の方にとってはおなじみでも、まだ足を運んだことのない中・西部の方はこの機会にぜひ訪れてみてはいかがでしょうか? 三島市は町並みはもちろんグルメも観光スポットも目白押しですよ。

(イラスト:川名ひろ)

静岡の歴史、まだまだ掘っています

三島大社

住所:〒411-0035 静岡県三島市大宮町2丁目1-5